フランスの人気作家サン=テグジュペリが書いた「星の王子さま」が好きだった。
その中に登場する不思議な大樹バオバブが消滅の危機にあると聞き、2014年11月、アフリカ南東部に浮かぶ島国マダガスカルへと飛んだ。
絵はがきで有名な観光名所「バオバブの並木道」に向かうには、わりと時間が必要だった。首都アンタナナリボから南西部の町ムルンダバまで、ランドクルーザーで約13時間。
途中、山道を走行していると、尾根の向こう側から幾筋もの白い煙が上がっているのが見えた。運転手に車を止めてもらい、ガイドと一緒に5分ほど森の中を歩いていくと、突然、目の前に見渡す限りの焦土が広がった。
森が焼き払われ、周囲には白煙と焦げ付いたような臭いが充満している。さらに歩くと、まだ至る所で火がくすぶっていた。
マダガスカルで続く焼き畑の現場だ。
約25万種の野生動植物が生息し、WWF(世界自然保護基金)が野生動植物の「宝庫」と認めるこの島では今、森林破壊が止まらない。
原因は人口の急激な増加と焼き畑だ。世界銀行などの統計によると、1980年に約900万人だったマダガスカルの人口は、2013年には約3倍の約2350万人に膨れ上がった。人口の約8割が農民だ。彼らは森を焼き払って水田や畑を作り、主食の米などを栽培している。多くの国民が今でも煮炊きに薪や炭を使う。
WWFなどの調査では年間約20万ヘクタールもの森が失われており、すでに自然林の約8割が消失してしまった。このままのペースで破壊が進むと、40年以内に「宝庫」から森が消えてしまうという。
樹木を失った山々では必然的に雨を地中にためておくのが難しくなる。降雨の度に大量の土砂が山から川に流れ出し、海では珊瑚などが死滅し、地上では泥が用水路や水田を埋めるようになった。後日、ムルンダバ上空をプロペラ機で飛ぶと、土砂を含んで流れる川は赤茶けて、まるで大地から出血しているように見えた。
もちろん、その影響は植物だけにとどまらない。森が消えれば、そこで暮らす希少な動物たちも生きていくことができないからだ。
この島では1999年から2010年にかけて615種もの新種の野生生物が発見されている。霊長類で世界最小の30グラムしかないキツネザル。普段は体色を樹皮の色に似せているが、求愛時期には鮮やかな明るい青色に変えるヤモリ。生涯に一度だけ花を咲かせ、実をつけた後には枯れてしまうヤシの一種。その多くが今や絶滅の危機にある。
ムルンダバの近郊にある「キリンディ森林保護区」に立ち寄ると、公認ガイドのナム・ビンがうなだれながら教えてくれた。
「自然は絶妙なバランスの上に成立している。森がここまで傷つけられてしまえば、そう遠くない未来に、貴重な動植物たちもここから消えていくだろう」
人間たちはどうか?
ムルンダバから未舗装の道を4時間かけてキブイ村に向かうと、山奥の集会場では村人とマダガスカル政府の焼き畑対策チームの役人たちが向き合っていた。
政府はすべての森林利用は禁止せず、保全用や燃料用、農地転換用に森を区分して管理する方針を打ち出している。
その方針に村人たちは納得できない。
「焼き畑ができずに収穫量が減ったら、誰が補償してくれるのか!」
「森からの薪を取り尽くしたら、何を煮炊きに使うのか!」
村長のウィリアム・デルフィンは私の取材に豪語した。
「我々はずっと薪を使って料理をし、焼き畑をして生活してきたんだ。森を焼くなと急に言われても、生活を変えるのは難しいだろ」
いくつもの現実を垣間見た末にたどり着いた「バオバブの並木道」は、かつて少年期に抱いた憧れとは違う、どこか悲しげな姿に映った。
高さ約20メートル、幹の直径が10メートル以上もあるバオバブの巨木が立ち並ぶその周囲には、なぜか森が存在しない。
「昔は森があったのです」と周辺の保護区を管理する自然保護団体「ファナンビー」のランドリア・リニアは言った。「でも、気がつくとそれらは消えてしまった」
「森が消えた……?」
私は赤土の大地に昇る夕日に目を細めながらランドリアに聞いた。
「バオバブの種は硬くて、それ自体では発芽しにくいのです。サルなどの野生動物が鋭い歯で砕き、消化してフンとして出して初めて発芽しやすくなる。近くに動物がいないと、バオバブは子孫を残せないのです」
2009年以降、敷地内に1450本の若木を植えたが、たとえ成木になったとしても、かつてのような森を作るのは難しいという。
ランドリアは悲しそうな表情で言った。
「やがて、この雄大な景色も姿を変えていくでしょう」
サン=テグジュペリは「星の王子さま」(新潮文庫、河野万里子訳)にこう記している。
〈なんて変な星だろう!〉王子さまは思った。〈どこもかしこもカサカサしていて、とんがっていて、塩気でいっぱい。それに人間っていうのも、想像力に欠けてるな。言われたことをくり返すだけじゃないか……(中略)〉
(2014年11月)