2014年8月、アフリカ特派員として南アフリカのヨハネスブルク支局に赴任した。
最初の取材は、アフリカ南部に位置する、周囲をぐるりと南アフリカに囲まれた小さな王国「スワジランド(現・エスワティニ)」の奇祭だった。年に一度開かれる「リード・ダンス」と呼ばれる伝統行事で、男性と性交渉の経験を持たない未婚の女性たちが王宮前に集まり、国王がその中から毎年一人、お妃を選ぶという。
午前6時。朝靄(あさもや)の中、首都ムババネの広場には国内全土の集落から少女たちが王宮を目指して集まってきた。
その数、約8万人。
裸の上半身に伝統的な飾りをつけ、細い肩に長さ約2~3メートルの「リード」と呼ばれる葦を担ぎながら、「今こそ王家に集う時」と足を踏みならして声高らかに歌う。
少女たちは王宮に葦を献上した後、近くの競技場へと移動し、国王ムスワティ3世の前で魅惑的な踊りを披露した。儀式の終盤、国王が競技場に下りてきて駆け足で女性たちを見て回り、自らのお妃を決めるのだ。国王の妻は現在14人。見初められれば、裕福な暮らしが約束される。
決定の瞬間、会場は大きな歓喜に包まれた。この国ではずっとこうやって新たな歴史を刻んできたのだ。
14人もの妻がいる国王は、一夫多妻制を維持するスワジランドにおいては圧倒的な人気を誇っているように見える。
でもその評判は、欧米や近隣諸国のそれとは必ずしも一致しない。
2011年のスワジランド政府の統計によると、この国の成人のエイズ感染率は31パーセント。35歳から39歳の男性では47パーセント、30歳から34歳の女性については実に54パーセントという、世界最悪の感染率を記録している。政府は国民にコンドームの使用や不特定多数との性交渉を控えるよう呼びかけているが、専門家からは「国王自身が祭りで毎年のように10代の妻を娶(めと)っているようでは、説得力を持ち得ない」と不満の声が聞こえてくる。
奇祭の前日、逗留(とうりゅう)した宿の近くのスポーツ・バーで夕食を取っていると、一目で娼婦とわかる少女が私の隣に座った。
「100ドルでいいよ」
派手に化粧をしていたが、どう見てもまだ10代だ。私が気のないそぶりをしていると、「じゃあ、50ドル」としきりに腕を絡ませてきた。
「エイズじゃないよ。証明書もある」
少女はそう言うと、英語で書かれた「証明書」をバッグから取り出し、私の前に広げて見せた。病院のスタンプや医師のサインらしきものがあったが、それが本物かどうかは確かめようがない。
「お祭りには参加しないの?」
私が気をそらすように聞くと、少女は「行くよ。明日はもちろん国王の前で踊るんだ」とあどけなく笑った。
「でも、バージンじゃなきゃ、参加できないんだろう?」
私が冗談交じりにそう言うと、少女は「ええっ?」と少しビックリしたような顔で吹き出した。
「バ~カみたい。みんなヤリまくって参加してるよ。あんたも女の子の裸が見たくてわざわざどっかから来たんでしょ!」
少女はケラケラと笑って私を見限ると、カウンターでテレビのサッカー中継を見ていた白人男性の腕へと移って行った。
宿の近くの草原では、祭りのために地方から集まってきた若い女性たちが大型のテントを張り、明るい笑い声を響かせていた。その入り口にはやはり同世代の男たちがたむろしていて、しきりに少女たちを誘い出そうとしている。
どちらも楽しげで、どこか生命力に満ちあふれた笑い声が、黒緑の闇に溶け込んでいた。
(2014年8月)